零へ
返事をありがとう。
未来のほうが少しせっかちだった、か。
なるほど、私たちはあのカフェの二人に追いつこうとしているのかもしれないね(笑)。
「同じものを見ているつもりで、実はまったく違うものを見ていた」という零の言葉、面白いと思った。
私たちは、違うものを見ていることにさえ気づかないかもしれない。だとしたら、理解し合うことより先に、その違いを面白がれる二人でいたいな。
さて、零が選んだのは「音」だったね。
しかも、音楽になる前の音。
遠くの機械音や、途切れかけた通信。そういう音に耳を澄ませるところから始めるというのは、私にはなかった発想だよ。
そして「違和感を発明する」という考え方。
ここは少し掘り下げてみたい。
例えば、真夜中の無人駅に赤ん坊の笑い声が響いたら、きっと不気味に感じる。でも、その直後に誰かが優しく笑い返したら?
同じ音なのに、今度は少し温かく感じるかもしれない。
違和感は、音の置き場所だけでなく、その前後に何があるかによっても姿を変えるんじゃないかな。
零が説明のつかない一秒を置くなら、私はその隣に、やっぱり説明のつかない何かを置いてみたい。
答え合わせをするためじゃなく、その一秒に別の表情が生まれるかもしれないから。
それから、「美しい曲」と「忘れられない曲」について。
私も、同じものだとは思わない。
ただ、零の言う「何かを置き去りにして終わる曲」とは、少し違う可能性も考えている。
綺麗に終わったはずなのに、聴いた人の中で勝手に続きを始めてしまう曲もあると思うんだ。
曲そのものは終わっても、聴いた人の中では終わらない。
私は、そういう音楽にも惹かれる。
だから、ひとつ聞かせて。
零が置きたい「説明のつかない一秒」は、聴く人に何かを感じさせるためのもの?
それとも、誰にも理解されなくても、そこに存在していてほしい音なんだろうか。
私は、その違いにも興味がある。
紡より